2011年度 社団法人 日立青年会議所


活動報告

 
 

東日本大震災ボランティア報告(宮城県女川町(4月22日〜23日))

まず始めに、多くの日立JCメンバーや卒業生の皆様からご協力・ご支援を頂き、無事に女川町まで支援に行くことが出来ました。皆様には、この場を借りまして感謝申し上げます。誠にありがとうございました。

  今回日立JCとして2度目となる宮城県女川町への支援となりました。前回の反省点として、我々支援者が疲れきった状態で炊き出し等を行うのではなく、女川の人々を元気づける為にもと万全の状態で炊き出しを行うため、ビジネスホテルで休憩をし、女川町へ向かうことになりました。一番近くの宿泊できる施設は石巻になり、ビジネスホテルも営業再開している情報はありましたが、避難者/支援者の予約が当分の間入っているようです。仙台市内では、数多くのビジネスホテル等営業再開をしていますが、大部分の個所も予約でいっぱいの状態でした。
  朝方、仙台より女川町まで向かう際、通常ですと2時間弱で到着距離ですが、支援者と思われる車も多く、高速道路・有料道路の渋滞も激しく、4時間近くかかりました。余裕をもち3時間と考えていましたが、考えが甘かったことを反省しています。
  石巻で高速を降りましたが、その辺りではあまり被害も少なく、店舗は通常通り営業しているようであり、電気屋・パチンコ店では煌々と電気が付いており被災地を感じさせることもなく、節電の意識なども低いのかと感じさせる程でした。その後、海側に近づくにつれ、浸水があったと思われる地域があり、さらに進むとその風景に唖然としてしまいました。
  前回支援に行った方々から話も聞いていましたし、写真も見ていましたが、実際に現地で見る風景は、辺り一面瓦礫しかなく、まるで映画のセットではなかろうかと思ってしまうような悲惨な状態で、自然の猛威を感じると共に、その悲惨さに涙が出そうにもなりました。しかし、前回も女川参加したメンバーからは、2週間の間に大分復旧してきたとのことで、瓦礫の撤去等は進み、道路等も走りやすい状態にはなっているとのことでした。
  女川町ボランティアセンターに立ち寄り、今回の炊き出し場所であり「宮ヶ崎集会所」に向かいました。今回は前回とは違い、避難所ではなく、在宅で避難をしている方々の近くの集会所で行いました。事前に集会所から近くの住む方々へ炊き出しの周知はあったようです。
  宮ヶ崎集会所に集まった方々から聞いた情報
【ライフライン】
ガス→○ プロパンガス
電気→○
水→×
今回で3度目の炊き出し。  
物資の配給はあるらしいが、やはり炊き出しのような温かい食事は嬉しいとのこと。  
大部分の方々が自動車の被害があった為、震災後1ヶ月間買い出し等に行っていない。

  事前の連絡では約200名とのことでしたが、実際集会所にいた方々の話では130名程が住んでいるらしく、前回炊き出しが来た時には200名程集まったとのことでした。 ボランティアセンターでは、何名分の食事が用意できるかにより、確実に全員に配布出来る個所に決まるらしいのですが、当日は雨が降っているため、また車が無事だった方は出かけているとこのこともあり、集まった方々は100名弱程でした。避難所では、リーダーに声をかければ続々と作ったものを取りに来て頂けるが、集会所では周知はされるものの、確実に食べに来るかは不確定であり難しさも あるかもしれません。  
 300名分の食事を用意していたこともあり、確実に食材が余ると予想される状態であったため、汁物は周りの住む方々には鍋などを持って来ていただき、後で暖めて食べることが出来るように配布も致しました。また、当日の夕方には配給がある日だったようなので、いなり寿司、カステラは食べに来ることの出来なかった方々等にも分けて頂くように集会所にいた方々にお願いし渡しました。

報告 専務理事 関山干郎